災い転じて福となす「クレーム客をファン客に変える方法」
ショッピングセンターのケース
Jショッピングセンターの店次長のNさんはクレーム対策に対して前向きで熱心だ。
彼はクレームこそお客の本音であり、そうした本音に応えることが顧客満足を高めるための重要なポイントの一つだと考えている。だから、お客から届いた「ご意見」や「クレーム」には常に積極的に対応している。
そんな彼のもとに電話がかかってきた。電話の相手は女性のお客だった。クレームを伝えてくるお客は大なり小なり感情的になっているのが常なのに対し、相手は実に冷静な様子だったが、それでいて真剣さが伝わってくる。
「私は良く、子連れで買物に出かけます。買物が一段落すると子供と二人で店内でお茶を飲み、その後で店内の子供広場で遊ばせています。一人っ子の我が子にとって同じような年齢の子と遊ぶことができるので子供も楽しみにしているようです。最近、そのコーナーが改装されキレイになりましたが、子供が遊ぶスペースの床がコンクリートの上に薄いシートを張っただけの状態です。飛んだり、跳ねたりして遊ぶ子供たちには危険な状態です。このままでは事故も起きかねないと思って電話したんです。何とか改善していただけませんか」と言ってきた。
確かに、3日前に簡単な改装を行ったが、見た目には床面には指定したシートが張られており社内の誰一人そのことに気づかなかった。「実にうかつでした」と、N氏はそのお客に詫び、「早速、調査をして即、改善します。大変有り難いご意見をありがとうございます。粗品ですがお礼の気持ちに変えてお送りしたいので、宜しければ、お名前、ご連絡先をお教えいただけませんか」と言うと、相手は「いえ、お礼など、それより、お聞き届けいただければ何よりです。無理を申し上げたかも知れませんが、宜しくお願いします」と告げて電話を切った。
クレームと言えばクレームだが、これ程貴重な情報は無い。気がつかずに放っておいたら、いずれは事故になっていたろう。N氏は子供広場に急いで部下と一緒に出向いた。確認するとシートはクッション加工を施しておらず、コンクリート面に薄いビニールシートを張ってあっただけの状態だった。これでは転んだら怪我をしかねない。N氏は急いで、業者に電話し事情を説明した。業者が来るまでの間は女性の事務員を現場にはりつけ、監視にあたらせた。
業者は地元なので30分ほどで到着した。業者に問いただすと「下請けに任せっぱなしで確認を怠った」と言う。とにかく、危険防止が最優先ということで、クッションを敷き、その上にシートを張り、全く危険は無くなった。お客から電話を受けてから2時間で全てを終えた。
N氏は子供広場にやや大きめなPOPを立てた。そこには「クッション張替えました。もう、飛んでも跳ねても大丈夫です。みんな、元気に遊んでください。お客様、ご意見ありがとうございました」と書かれていた。
後日、電話をしてくれた女性からお礼の手紙が来た。手紙には「お電話を差し上げた、あの日の午後、お店に出かけたら、もう直っていましたね、本当に驚きました。同時に私たちは何て誠実で親切なお店に出会ったのだろうと思いました。お友達にも教えてあげたい。これからもお店で買物します。本当にありがとうございました」と書かれていた。
N氏はその手紙を何度も読み返しながら、「クレーム担当も決して悪い仕事じゃないな」と小さくつぶやいた。
危機は放っておけば大きくなり、チャンスは放っておけば必ず小さくなりやがて無くなってしまう。クレーム処理は迅速が肝要だ。
文具・事務用品店のケース
E文具店は都内でも有数の品揃えであり、こと文具に関しては無いモノは無いだろうと思わせるだけの商品力を持っている。
しかし、T氏に言わせれば、「値段の方が今ひとつということらしい。何しろ、最近のご時世、正規価格なんて無いも同然、どこもかしこも値引き合戦にしのぎを削っている。にもかかわらず、E文具店のみが正規価格を押し通している。」それなのに、店は驚く程繁盛している。どういうことだと、T氏は何時も同店の前を通るたびに首をかしげているのだ。だが、合理主義、ケチを自認するT氏はいまだに、E文具店で棚に並んだ商品を手に取って見たことはあっても買ったことはなかった。
ある日、T氏は仕事の関係で官庁関係の特殊な用紙に細い線で簡単な図面を書かざるを得なくなった。そこで、その紙を取り寄せ、図面を書いてみると、ペンのせいか、紙のせいか線がにじんでしまって使い物にならない。指定用紙を変える訳にもいかず、各種の筆記具を試したが全て駄目、ペンは10種類も買ってしまった。困り果てたT氏が思い出したのがE文具店だった。画材の定着液のようなものを使えば何とかなるのでは無いかと思い、早速電話して相談してみると、「紙が問題なのかペンが問題なのかはわかりません。定着液等はありますがご要望に合うかどうかは難しそうです」といった慎重な返事だった。
それでもT氏は大げさに言えば「藁をもつかむ思い」でE文具店に出向いた。
電話で聞いた担当者のいる階に出向き、直接紙を見せて聞いた。担当者は「滲むのはペンが問題なのでは無く、紙そのものに問題があるようです」と言う。それでは「紙の滲みを防止する薬剤のことを聞いたことがある。この店なら置いてあるでしょう」と聞くと担当者は「確かに、数社からそうしたモノが売り出されています。しかし、私どものテストでは紙による効果のばらつきがあるようですので販売を控えております」と言う。
「藁をもつかむ」つもりのT氏にすれば、多少のばら付きは構わない、急がなければ間に合わなくなってしまう。「文具関連なら何で揃うと思ったから来たんだ」と担当者に非難がましく訴えた。
すると、担当者は「それは大変なご迷惑をおかけしました。こちらにあるのがテスト用に他店様から買い入れた、滲み止めのスプレーです。売っているお店をご紹介いたしましょうか?」と現物を奥から出して来た。T氏は「これから他の店に回るのは面倒だから、それを売ってもらえないか」と頼んだ。
しかし、担当者は「これは商品ではございません。ですから、お売りすることは不可能です」ときっぱりと言ってきた。T氏は瞬間、少しムッとしたが「仕方が無い、他店にいってみるか」と思った。その矢先、担当者は「お売りすることは出来ませんが、差し上げることできます。わざわざお越しいただきましたのに、お役に立てなくて大変申し訳ございません。製品の機能について保証はできませんが、お試しになるようであればお持ちください」とそのスプレーを袋に入れ、手渡してくれた。スプレーはテスト用とは言え未使用の市販品だった。
T氏はそのスプレーで幸い事無きを得た。その後T氏は、E文具店の実に熱心なファン客になった。T氏は会う人ごとに、「俺が正規価格で買うのは文具だけ、それもE文具店だけだ。あの店にはそれだけの価値がある」と我が事のように話している。
クレームとは言えぬ程の事に、そのお客が驚く程の対応をした。しかし、クレーム客の数は全体の0.1%にも満たない筈だ。だとすれば、これ程効率の良い販促方法は無い。
災い転じて福となす「クレーム客をファン客に変える方法」(2)へ続く
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