災い転じて福となす「クレーム客をファン客に変える方法」(2)
災い転じて福となす「クレーム客をファン客に変える方法」(1)からの続き
ペットショップのケース
S氏は51才、子供はいない、4才年下の妻と二人暮しだ。
子供のいないことには慣れてはいるが、時に寂しさがよぎる事もある。そんなある日曜日、居間で雑誌をめくっていた妻が、その本をS氏の前に差し出し、「ねえ、見て! 可愛いわねー。この犬ミニチュアシュナウザーって言うらしいの、抜け毛が少なくて、部屋で飼っても汚れが少ないみたい。これなら、動物嫌いの貴方も大丈夫じゃない」と目を細めながら話しかけた。
S氏は動物が苦手な方だが、妻の久しぶりの笑顔見ていると何とも言えず黙っていた。
すると、妻は「ねえ、今日は昼食は外で食べてペットショップにでもいって見ない。なんか大きなペットショップがオープンしたらしいのよ。ね、行きましょ」と子供のいない気楽さで話しかける。妻の差し出した雑誌にはあどけない顔をした、テリアに良く似た子犬が写っていた。
S氏は「あー」と答えた後に、「案外可愛いモノだな」と自然に言葉が出たのが、自分でも不思議だった。
午後、二人は連れ立って開店間もないペットショップに出向いた。店内は結構な賑わいで活気がある。壁面にガラス張りのケージが30程もあり、中には子犬が入っている。
妻は目ざとくミニチュアシュナウザーのゲージを見つけ、S氏の手を引っ張りながら、「ほら見て、見て、可愛いじゃない」と言いながらガラスに手を触れ、トントンとならし子犬の注意を引こうとしている。すると、どこにいたのか店員が寄って来て、「犬自体は大変健康です。犬種としても比較的買い易く人になつき易いんです。可愛いでしょう」と言いながら子犬をゲージから出して見せた。
「抱いて見ますか」というと妻は「いいの?」と言いながら手を出した。店員の説明は極めて丁寧で申し分が無かった。30分後にS氏が気づいた時には、子犬はS家のモノになっていた。
店員は「ペットというのは他の商品とは違います、家族の一員ということですし、なにより生き物です。ですから、始めて飼われる場合は結構大変なものです。何でもご相談に応じますので、気軽にお申しつけください」と言うと名刺を差し出した。そこには店長と記されてあった。良い店と良い店長に出会えたことに安心しながら、子犬を自宅に連れ帰った。
それから数週間後、犬の動きも活発になり、出かける時などに入れる屋内用ゲージが必要だと思ったSさんは、会社の帰りにペットショップに寄った。店長はいなかったが、彼は所定のモノを買うと家に戻った。すると家には既に、妻がそっくり同じモノを買ってきてあった。似た者夫婦とは良く言ったもので、考えることも一緒だと大笑いし、Sさんの買ったゲージは明日返品させてもらうことにした。翌日、S氏は車にゲージを積んで会社帰りにペットショップによった。やはり店長は不在だったが、昨日相手をしてくれた店員がいた。ここで犬を買ったことも知っている。よもや買ったことを忘れていることもあるまい。S氏は気軽にその店員に声をかけた「いや、申し訳無いけど、これを買って帰ったら女房がそつくり同じモノを先にお宅から買って来ていた。二つは必要ないのでできれば返金して欲しいのですが」と穏やかに話しかけた、すると店員は「ハイ、かしこまりました、ではレシートをお貸し下さい」と言う。
S氏はレシートを無くしたことに気づき、「いやはや、申し訳無い、レシートを無くしてしまったらしい、でも昨日、貴方から買ったのは覚えているでしょう」「ハイ、でもレシートを」、「だから、レシートは無い、でもこの店で買ったのは君も分かるだろ」「ハイ、でもレシートが無いと」「何度言えばいいんだ、もう、いい」というとゲージを置いたまま店を出て行ってしまった。
本部から戻った店長はレジ脇に置かれたゲージを見つけ、レジの担当者に聞いた。ことの顛末を知った店長は大急ぎで、そのゲージの代金とS氏の子犬用のドックフードを持って、S氏の家に向かった。
店長の懇切丁寧な対応とは裏腹の今日の対応に、「買うときばかりか」と裏切られた思いのS氏は消費者センターへの相談をしてみようと考えていた。そこにインターホンのチャイムが鳴った。誰かと思って出ると「すみません、Cペットショップの店長のTです。新人のレジ担当者が大変な不行き届きをいたしまして、ご迷惑をおかけしました。お詫びにあがりました」と声がする、「何だ、君のところは、ひどいじゃないか、もういい、消費者センターに相談するつもりだ」と言い放った。T店長は「私の落ち度ですから、それは、それで仕方ありません。でも、ご返金だけは受け取っていただきたいのです。お願いします」という、脇で聞いていた妻の「開けてあげなさいよ」と言う言葉に促され、ドアを開けた。するとT店長は土下座して「申し訳ありませんでした」と言うのだ。S氏は「何をしているんだ大げさな。いいから入りなさい」と居間に招きいれた。T店長は返金代金と合わせ、裸のままのドックフードを差し出し、「先ずはお詫びが先と、取る物も取りあえず、参りました。包装もしないままでお持ちしましたが、子犬用のドックフードです。お詫びのつもりです。お受け取りください」という。ここに至って、S氏は少しばかり感激の面持ちで「いや、レシートを無くした僕にも責任はある。君にそこまでして貰ったらかえって恐縮だ、ドッグフードはいいよ」と言ったが、T店長は「気持ちですから」と言い、置いて帰っていった。
その後、S氏夫妻はT店長のファン客になったことは間違い無い。
「土下座なんて大げさな」と言われても、人間やる時は徹底した方が良い。誠実と熱意はやって見せるしかない。相手が驚き感動した時、クレーム客は強烈なファン客に変わる。
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