危機管理の本質とは(8) 「釜石の奇跡」は今でも危機管理の要諦

講師ブログ(渋谷・大木以外)講師ブログ

前回の記事はこちら↓↓

■釜石の奇跡とは?
読者の皆様は、「釜石の奇跡」をご存じだろうか?

2011年3月11日、あの東北地方太平洋沖地震による
津波が、岩手県釜石市鵜住居地区にある小中学校を
襲ったとき、釜石市の小中学生2,900人の内、ほぼ全員
(99.8%)の命が救われた奇跡である。
この釜石の奇跡を生んだのが、当時群馬大学に所属して
いた片田教授による「避難3原則」である。片田教授は
2004年(平成16年)から、防災教育を通じて教師や
児童生徒の意識改革に取り組み、既に東日本大震災の
前年である2010年には「津波防災教育の手引き」が
完成していた。

片田教授による「避難3原則」とはこうである。すなわち、
①想定にとらわれるな、②その状況下において最善を
尽くせ、③率先避難者たれ、の3つである。

実はこの避難3原則の基となったのは、先人の教えである
「津波てんでんこ」であることはよく知られている。要は、
一人ひとりが他の人のことなど気にせずに逃げろ!という
教えである。これは、私たち三陸地方に育った人間にとっては
当たり前のことなのであるが、ここに落とし穴がある。
つまり、逃げるにあたっては前提条件があるということである。

片田教授はこの点について、「家族間の信頼が基本」として
いる。なぜなら、親が子どもを信頼して学校などに迎えに来ず、
子どもが親を信頼して速やかに避難するためには、
家庭内での信頼関係が基本にあってこそ、だからである。
この信頼関係を語らずに、ただ、一人ひとりが勝手に避難
すればいい、というのでは、本質を見誤った防災教育と
なりかねない点に注意が必要である。

■「避難3原則」は今なお危機管理の本質
では、実際に、東日本大震災当時(正確には東北地方太平洋
沖地震発生後の津波襲来時)、子ども達はどのように避難
したのか、イメージしてみよう。

釜石市の小学生たちは、地震発生後、「津波が来るぞ」と叫び
ながら避難場所へ走ったのであるが、まず、ここに危機管理上
重大な視点が隠されている。

実は、小中学校があった鵜住居地区は、ハザードマップにおいては
津波浸水地域ではなかったのである。通常は、避難しなくても
いいエリアにもかかわらず、子ども達は、浸水想定区域外で
あってもこれに安心することなく、必死に走ったのである。
第1の避難原則通り、「想定にとらわれるな!」を実践した。
これがまずは危機管理上重要な視点である。

次に、子ども達は後ろを見ながらさらに約500m先の高台の
施設を目指して走っている。しかしそこで、恐ろしい津波の
勢いを目の当たりにして、さらに高台に避難しようとした。
これが、第2の「その状況下において最善を尽くせ」である。

そして、最後に、子ども達は、大人たちに促されたわけでもなく、
先生に誘導されたからでもなく、自分達で「自主的に」避難した
のである。これが第3の「率先避難者たれ」の原則である。

この3原則は正に危機管理の要諦をなしていると言える。
つまり、想定外を前提とし、その上でどう避難すべきかを
謳っているところに意義がある。

■危機管理の要諦は「暗黙知」にあり?
何処で目にしたのかは明確には思い出せないのだが、野中郁次郎
一橋大学名誉教授の言葉が印象に残っている。野中先生と言えば、
個人が持つ知識や経験などの暗黙知を形式知に変換した上で、
組織全体で共有・管理し、それらを組み合わせることで
また新たな知識を生み出すフレームワーク、「SECIモデル」
(興味ある読者は是非SECIモデルを調べてみることを
お奨めする)で有名である。

さて、その記事(?)によれば、小中学生が津波や地震の知識を
学び、それを基に避難計画を作り、訓練を繰り返す中で培った
「暗黙知」こそが、この奇跡を呼んだと分析されていたように思う。

このシリーズ記事でも既に何度か読者にはお伝えしているが、
計画はあくまで計画であって、その通りにはならない。
想定外は必ず起こるのである。ハザードマップは正に形式知である。
どんなに精緻な地域防災計画もBCPも所詮は想定である。
不測の事態が起こってからが危機管理であって、この状況にあっては、
その状況下で全神経を集中し、様々な情報から状況を分析し、
持てるリソースをどう使うか瞬時に判断を下し、行動する以外にない。

そのためには、普段からの訓練で暗黙知を養い、想定外の範囲を
できるだけ小さくしていくリスクマネジメントが重要である事は、
既に書いてきたとおりである。

それにしても流石野中先生!と思わず口をついて出てしまった。
本質を見抜ける方は、危機管理についてもやはり本質を見抜いて
おられた。感服である。

SNSでセミナーの様子をチェック

#ジャイロのセミナー